ライブドア事件とライブドア・ショックについてわかりやすく説明します!

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ライブドアとは

ライブドアという会社の名前は、おそらく多くの方々が記憶に根強くお持ちと思います。2000年代中頃、堀江貴文社長(当時)を筆頭に、ホリエモンという愛称のもと、メディアへの出演、野球球団の獲得競争等、一躍話題になりました。

同時に、2006年にライブドアが証券取引法違反で東京地検特捜部の捜査を受け、堀江貴文社長はじめとする幹部が逮捕・起訴され、有罪となったことも大きく報道されました。

ライブドアと聞くと堀江貴文社長のイメージが強烈ですが、そもそも堀江貴文社長が学生時代の1996年に設立した会社は「オン・ザ・エッジ」という会社でした。

その後、2002年に同社が「株式会社ライブドア」からプロバイダー事業の譲渡を受け、2004年に社名も「株式会社ライブドア」に変更したものです。


ライブドア事件の概要

ライブドア事件とは、上記の2006年に起きた、堀江貴文社長含む、ライブドア役員及び関連会社役員らよる証券取引法違反容疑事件を指します。堀江貴文社長らが、関連会社の虚偽の企業買収情報を開示する等して、関連会社の株価を不当につりあげて多くの株式売却益を得ようとしたという容疑でした。

また、後にはライブドア自身の粉飾決算容疑についても追起訴がされました。

具体的には、ライブドアが関連会社「ライブドアマーケティング」の株式を取得することを計画し、さらに取得した「ライブドアマーケティング」の株価を不当につり上げて売却益を得るために、同関連会社の買収にあたっての株式交換比率等について虚偽情報を公表したり、同関連会社の利益を偽ったりしたというものでした。ライブドア自身の粉飾決算に関しては、2004年9月期の決算で約50億円の営業利益が出たように装ったという容疑でした。

この事件に関しては、堀江貴文社長自身は懲役2年6か月の実刑判決、その他役員や関連会社役員らも実刑判決、執行猶予、罰金等の有罪判決がなされました。

また、東京地検による捜査開始直後の2006年1月18日には、堀江貴文社長の右腕ともいわれていた、同社の元役員である野口英昭氏が亡くなるという衝撃の事件も発生しました。

野口氏の死亡原因は、警察発表では自殺とされています。 なお、堀江貴文社長は、現在は刑務所から出所され、再び各種メディアや経済界で活躍をされています。


ライブドア・ショックとは

ライブドア・ショックとは、2006年1月16日の証券取引法違反容疑による東京地検特捜部の捜査を発端に、捜査翌日である2006年1月17日から突如始まった株式市場の暴落のことを指します。

捜査報道を契機に、ライブドア関連銘柄の売り注文が殺到し、東京証券取引所の取引が全面停止するという事態が発生しました。 東京証券取引所の取引システムには処理能力の限界があるところ、1月18日午後には処理可能件数である450万件に到達しかねない状況であったことから、全銘柄取引停止措置がとられました。

翌日19日からは、取引システムの能力増強対応と並行して、取引時間短縮等の措置を取ることで、何とか2日連続の取引停止という事態は免れることとなりました。

なお、ここまでに株式市場に衝撃が走った背景としては、ライブドアが株式分割の手法により、株式数を非常に細分化していたことが指摘されています。

通常、株式はまとまった単位からしか購入できないことが多いですが、ライブドアは株式分割の手法を用いつつ、1株単位から購入できることとしていました。

加えて、当時、堀江貴文社長が頻繁にメディアに出演し、世間ではいわば株式投資ブームのような状況となっていました。かかるブームに合わせ、1株単位から気軽に購入できるというライブドア株の特徴も相乗効果となり、多くの個人投資家がライブドア株を購入していたといえます。 そして、ライブドアに対する突然の強制捜査という報道を契機に、多くの個人投資家が、一気に売り注文を出し、株式市場の混乱につながったと考えられています。

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